君の倖せが僕の倖せ

時の流れと空の色に
何も望みはしない様に
素顔で泣いて笑う
君のそのままを愛している故に

あたしは君のメロディーやその
哲学や言葉 全てを守り通します

君が其処に
生きているという真実だけで
幸福なのです


とあったのは確か椎名林檎の幸福論という歌。えー、こんな事を書くと相当辰伶に夢見てるのがバレバレで恥ずかしいのですが・・・これこそまさに私の想像するところの『辰伶のほたるへの感情の根源』だと思うのですよ。ぎゃーっ!言っちゃったよー!!!

無償の愛というかアガペーというかそれの反対で三次元で恋愛してる時ってやっぱりさ、(意識してなくても)相手に見返りを求めていると思うのね。例えばメールして返事が返って来ない時にも「何をしてるんだよ!この私がメールを打ったのにさっさと返事遣せよ、コンチキチョウ!!」「一体どうなさったのかしら?何か不幸な出来事に巻き込まれているのでなければ良いのだけど・・・」このどちらを思うかは人それぞれだと思いますが私は前者です(キッパリ)。この『何で?!』と思うのは多分「私がこんなに頑張って○○しているのに何で貴方はわからないの?本当に好きなら私を常に最優先にしてよね!!」というエゴイズムの現れなのでしょう。母親の子供への愛が無償の愛であるのは赤子が返す能力が無いから最初から求めてないからなのかなーっと。やはり恋愛という対等の立場においては無償の愛というのはなかなか出来ないものだよね?←それとも私の心が狭く強欲なだけなのか?w

『好き』という恋愛感情にエゴイズムが発生するものならばその反対の『母性愛的な感情』は無償のものであり、(後者の比率が高いのだが)その両方でもってほたるを想っているのではないのかな、と勝手に考えております。お兄ちゃんとしてほたるを愛しいと思う。でも好き。相反する、しかし同居するこの感情に翻弄される兄!!異母兄弟CP万歳!!!!!

こんな思考回路だからさー、”I Would Be True”の作中でも何と言って告白すればいいのか言葉が見つからなかったのよ!!好き、でも愛してる、でもなくその間っていうか規格外っていうか何ていうか。これを何と表記すればいいのか適当な言葉が自分には分からんで苦悩しているんデス・・・。